春ですね~

本家の方に桜の画像が貼られていたので、桜といえば本家本元、日本からもご挨拶。
管理者によると、広告用のサーバのjavaスクリプトのコードの一部が何者かによって書き換えられていました。
調査して修正しました。現在は正常に稼動しております。
ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。
また、ご指摘いただきありがとうございました。
皆様におかれましても、ウイルス対策をお願いいたします。
今後ともQueerClickをよろしくお願いいたします。
ワォ。QCの初めての誕生日を、賞の獲得という区切りで迎えられるなんて、これ以上の幸せってあるかい?QueerClickはSa Grace賞の2006-2007の優秀賞で、「ベストアダルトテーマブログ」に選ばれたよ。この賞はGCSPOTLIGHTMAG™によって運営されている。 貴重な清き一票を投票してくれた人、ありがとう。君たちの後押しがあって向上につながるんだ!
毎日が楽しくて時が経ったのをすっかり忘れてたよ。今朝早くメンバーの1人がカレンダーの12月9日の欄に小さく「QCの誕生日」と走り書きを入れるまで気づかなかった。
えーっ!!もう1年経ったの?待てっ!まだ1年しか経ってないの?(笑)
12ヶ月前、ゲイ関係の最新ニュース、面白おかしい情報、ネット上の最高のゲイポルノをかき集めることを目的にQCが始まった! 誰も相手にしてくれないかも、なんて気にも留めなかった。ひたすら続けてきた、自分たちで書いたものを読んで笑い楽しんできたことは間違いない!
そして今、以前よりもずーっと楽しんでるよ。ゴキゲンにハジケテル奴らを仲間に加えたからサイト一杯に話題を送り出すことができて、みんなをもっと幸せにもっとワクワクさせることができるようになった。大きく変わったこと、それはご褒美でもあるんだけど、今は世界中の読者から毎日平均17万アクセスを記録してもらってるんだ。過去1年でたくさんの友達と素晴らしいパートナーシップを築くことができた。もっと嬉しいのは読者のみんなからの反応が大きくなってきてることだ(1ヶ月に1コメントあるだけでもラッキー、なんて頃もあった).....そしてたくさんの真似っ子サイトが生まれたことも忘れられない。ネタを盗まれるのはもしかしたら、誰もが認めてくれるっていう最高の誉め言葉かもしれないね、だって1カ月おきに生まれるんだぜ。ハハッ。まあその話は今日は止めとこう。
みんなに見せたくてたまらない、マジですごい企画が発表直前なんだ。みんなのディスプレイの向こう側で必死に準備してるからね。全貌が明らかになるのはもう後ほんの少し。期待してくれ!
一番言いたいことはこれかも知れないな:QueerなClickしてくれてありがと、みんな。もっとアツアツの来年に向けて!
Click! Click!
と、こんな感じです。日本語版の方はまだ2ヶ月、もう2ヶ月でもあります。
早すぎるかもしれないけど、初心に帰って力いっぱい楽しくやって行きたいもんであります。
いつもどおり、私の子供たちにはちゃんと教育を受けてほしい。今日がアメリカ国民の休日だって知ってた?正確に言うと忘れてはいけない日なの。どんな歴史上の出来事のことを言っているか分かる?厳かな畏敬の念と大きな敬意を持って記憶すべきことなのよ、分からない? 1941年12月7日、日本の戦闘機がパールハーバーのアメリカ太平洋艦隊の本拠地を攻撃した、そしてアメリカは第二次世界大戦に突入して行った。パールハーバーデーはフランクリン・ルーズベルト大統領が「永遠に不名誉な日」となぞらえた日だ。 日本がパールハーバーを急襲した日は歴史上の重要な転換点だ。慎重に計画され首尾よく実行された一撃によってアメリカの海軍力が損なわれ、日本帝国の南方進出が現実の脅威となった。不意を突かれて弱体化したアメリカはいきなり第二次世界大戦の本格参戦に追い込まれた。 遡ること18ヶ月前、フランクリン・ルーズベルト大統領はアメリカ艦隊をパールハーバーに移動させた。予想される日本の攻撃を抑止するために。日本軍は1937年中ごろに始まった対中国の戦争の泥沼にはまっており、石油と天然鉱石をどうしても手に入れたかった。侵略が続くにつれ、これらを貿易によって手に入れることが次第に困難になっていた。 1941年7月西側諸国は日本を効果的に通商から締め出した。それにより絶望的になった日本は石油等の資源豊かな東インドと東南アジアを押さえようと企図した。つまり、太平洋戦争はほぼ不可避だった。 1941年11月後半までに和平交渉が明らかに行き詰るなか、アメリカ当局は日本がインド、マレーシア、そしておそらくフィリピンを攻撃するであろうと十分に見通しを立てた。注)日本外交の暗号を読み解く能力を通じて軍当局は十分に情報が得ていると信じていたことが、歴史上証明されている。日本が東を攻撃するという見込さえまったくの予想外だった。 アメリカ艦隊のパールハーバー基地は太平洋を越えてくる戦闘機の手の届く範囲にあった。日本海軍は、それまで世界中の大洋では見られなかったほどの攻撃力を搭載した戦闘機で太平洋を密かに越えてきた。12月7日の午前8時前に戦闘機は爆撃を行った。 パールハーバーに停泊中の8隻の艦船のうち、5隻が沈没し他も被弾した。他の船やハワイに属する戦闘機も同時に機能停止に追い込まれた。2,400人を超えるアメリカ人が死んだ。これらすべてはあっという間、30分以内の出来事だ。 間を置かずに日本の戦闘機はフィリピンにあったアメリカ空軍を壊滅させ、日本陸軍がマレーシアに上陸した。 これらの日本の成功は事前の外交手続きを無視したための産物だ。それまではまとまりがなかったアメリカ人民に衝撃と怒りをもたらした!小異を捨ててこれほどまでに団結したことは空前絶後だった。それでも、アメリカ人と同盟国はその後5ヶ月間、日本が手に負えない攻撃力を駆使して効果的な抵抗を受けることなく進軍するのに悩まされた。政治状況が正常であれば何らかの和解が考慮される場面だ。 「決して忘れない」という決意だけで万難を排して喰らいつき、1942年5月の珊瑚海海戦での初の大勝につなげた。これが戦隊に確信をもたらし、1942年6月初旬のミッドウェー海戦で、この地域での日本の戦闘能力の大半を削いだ。パールハーバーの「奇襲」の記憶が戦隊の中で火を噴き、すべての日本の侵略に対して逆転し、彼らそして彼らと同盟したドイツ人、イタリア人を世界平和への未知なる脅威として排除した。 今日は事実上法に定められた国民の休日だ。 「毎年12月7日は『パールハーバー記念日』として指定して周知すべきである。この日は、ハワイのパールハーバーに駐留していたアメリカ軍が日本帝国の海軍、空軍によって攻撃を受け、殺された2,ooo以上、怪我をした1,000以上の犠牲者を追悼する日である。これによってアメリカは第二次世界大戦に巻き込まれた。教師と生徒はこの日について適切な演習を通して肝に銘じる必要がある。 「全国民はパールハーバー記念日の一時を、1941年12月7日のパールハーバー攻撃によって国に命をささげた無私の犠牲者への厳かな黙考によって供するべきだ。 パールハーバーで身を挺して死んだ人の名誉をたたえて毎年12月7日に半旗の星条旗が掲げられるべきだ。 戦火が止まず、日々爆撃を続けながらも明確な目標や出口戦略が見えない昨今、見返りを求めずに再発防止のために戦った人々に思いをはせるにはいい時期じゃないかしら? イラクに駐留し続けるのが当然と我々に刷り込む象徴的な暗示のイメージや事件があるんじゃないかしら?
じゃあ次は、アメリカの市民権を持っていたにも関わらず第二次世界大戦中に強制収容所に連行されて不当な差別を受け、名誉回復の長い時間を戦い抜いた日系アメリカ人の歴史を子供たちに教えてやってください。
ただし、このブログじゃなくてどっか他所でお願い。
ちなみにマムさんほど勤勉ではない私が歴史から学んだこと。
①犠牲になるのはいつも庶民
②真っ先に吊るし上げられるのはマイノリティー
③監視すべきは他国じゃなく自国の権力
Do you want to wear Japanese traditional loin clothes?
A guy is showing us how.
Who can possibly keep up with everything sticky and sweet in QueerCandy Land — all the hot men and hotter action released between the sheets of major studios, amateurporniums, and new sites? Well, QueerClick can, so you don't have to!
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